夕方5時すぎ。展示会場から駅へ向かう人の流れの中に、紙袋を両手に提げて歩いている人がいます。袋の中は、カタログと名刺、そして、たくさんのノベルティ。部品や材料を調達する人なら、覚えのある帰り道だと思います。
展示会は、商談を進める場所だと思われています。でも、東京で2年に1度開かれる工作機械の展示会で、2024年の回の来場者に目的を聞くと、商談に来た国内の来場者は、10人に1人もいませんでした。来場者が丸一日歩いて持ち帰るのは、紙袋いっぱいのカタログと名刺です。ネットで探せる時代に、出張の時間と費用に見合うのか。うまく説明できない人も、多いと思います。
見本をネットで見られる時代に、展示会で確かめるのは、見本のバックグラウンドにある会社に任せられるか。発掘するのは、検索では出会いにくいサプライヤです。私も前は、展示会はサプライヤを見つけて、その場で商談を進める場所だと思っていました。今は、少し違います。
こんな方におすすめの記事です。
・展示会へ丸一日出かけ、紙袋いっぱいのカタログと名刺を持ち帰っている方
・ネットで製品を調べられる今、展示会へ行く意味を知りたい方
・次の展示会で、何を確かめ、どう回るかを決めておきたい方
業界誌の問いと、出展は最大・来場は減った展示会

衣料の業界誌が、2026年9月24日に、こんな題の記事を出しました。「見本市は、今の調達の速さに付いていけるか」。見本市は、展示会のことです。見本市が前ほど商売を生まないという声が、業界にある。やり方を変え始めた見本市もある。
まず、出展と来場を分けて数えます。工作機械の展示会は、2024年の秋に開かれました。出展した会社は、6年前の2018年の回より1割半あまり増えています。出展の規模は、ブースの数で過去最大。来場は、2018年の回より1割半ほど少ない。出展者と来場者で、数字が逆に動いています。ただし、コロナのあとの2022年の回よりは、どちらも増えています。
出展者と来場者が、別のものを探している
目的でも分けます。同じ展示会で、出展者に出展の理由を聞くと、いちばん多いのは新しいお客さんを見つけるためで、4社に3社です。国内の来場者に目的を聞くと、いちばん多いのは業界の動向を把握するためで、6割。次が新製品の情報で、半分あまり。商談を目的に来た人は、10人に1人もいません。
同じ会場で、出展者と来場者が、別のものを探しています。
出展者向けの手引きと、出展が減ったパリの展示会

新しいお客さんを探しに来る出展者のための手引きが出ています。小売と仕入れ先の受発注をつなぐ会社が、食品や玩具、金物の展示会へ出る会社に向けて書いたものです。準備は、会期の半年近く前から始める。事前に、会いたい相手に短い面談を申し込む。会期のあと、多くの売り手は数週間で連絡をやめる。うまくいっている売り手は、最長で1年、連絡を続ける。
一方で、出展が減って、やり方を変え始めた展示会もあります。冒頭の記事と同じ、衣料の業界です。パリで開かれる、衣料の生地と製品を調達する展示会は、2025年9月の回から翌年の同じ時期の回へ、出展が2割近く減りました。
その回のあとの発表で、主催者は、市場が厳しくなる中での答えを示しました。数を増やすことではなく、中身を良くして、違う形で出すことです。2027年の秋の回は、日程を買い手の予定に合わせて動かします。
ネットで調べ、それでも人に確かめる買い手
国内の来場者の目的に戻ると、いちばんは業界の動向を把握すること。次が新製品の情報でした。この2つは、いまは会場へ行く前に、ネットで集められる。私はそう見ています。
企業で購買に関わる人の3分の2は、営業担当を通さずに買いたいと答えています。AI を使ったと答えた人も、半分近くいます。ところが、別の発表では、AI で得た情報を営業担当に確かめたい人が、全体の7割近くいました。そして、サプライヤを選ぶ段階では、営業担当がいちばん大事な情報源だといいます。
人を通さずに買いたい人が3分の2。AI の答えを人に確かめたい人が7割近く。この2つは、矛盾していません。私はこう読んでいます。調べるのはネット。確かめるのは人。
ただ、ここで引いた買い手の調査は、日本のメーカーに限ったものではありません。あくまで方向性として受け取ってください。
見本市という名前の生まれと、ネットでは分からないこと

見本市という名前の生まれ
ここで、見本市という名前に戻ります。
ドイツのライプツィヒに、見本市を運営する会社があります。その会社は、世界で最初の見本市は1895年にこの町で開かれた、と書いています。
それまでは、品物そのものを並べる市でした。工場で大量に作るようになって、品物の市は役目を終えた、と運営会社は書いています。そこで生まれたのが、見本を並べる市、サンプルフェアです。ドイツ語ではムスターメッセ。日本語の見本市も、文字どおり見本の市です。
ネットでは分からないこと
大量生産が、品物の市を見本の市に変えました。いま、同じことがネットで起きています。製品の形と性能は、会場へ行く前にネットで見られる。見本を見るだけなら、見本市へ行かなくてもよくなった。私はそう考えています。
では、何が残ったのか。
ネットでは分からないこと。この会社に任せられるか、です。
出展者向けの手引きに、こう書いてあります。買い手は、製品の魅力だけではなく、その会社がきちんと供給できるのかの確かさを見ている。量に応えられるか。求める条件を守れるか。注文どおりに出荷できるか。
任せられるかと言っても、設備や品質だけの話ではありません。求める量を、求める条件で、注文どおりに届けられるか。これはカタログには載りません。ブースに立っている人に聞いて、確かめる。工作機械の展示会でも、解説員と話せて必要な情報が得られた、という来場者の声があります。
検索では出会いにくいサプライヤを発掘する
ここまで読むと、ネットで候補を絞ってから、確かめに見本市へ行けばいい、と思えるかもしれません。でも、それだと足りないんです。ネットで絞れるのは、検索の言葉をこちらが知っている相手だけ。自分が知らない言葉で呼ばれている技術や、知らない会社には、検索では出会いにくい。私の経験では、展示会で、ネットで見つけられなかったメーカーを知ることも多いです。
大きな国際見本市を調べた経済地理学の研究者は、国際見本市を、一時的な集積として見ています。世界中の会社が、数日だけ1か所に集まる。予定していた面談と、予定していなかった出会いが混ざって、情報が行き交う。研究者は、これをグローバル・バズと呼んでいます。バズは、ざわめきのことです。
だから今は、こう考えています。展示会は、商談の前に、ネットで絞った候補を確かめに行く場所。そして、まだ知らないサプライヤを発掘しに行く場所です。見本はネットで見られる。見本市で確かめるのは、見本のバックグラウンドにある会社に、任せられるか。そして、発掘するのは、検索では出会いにくいサプライヤです。
業界誌の問いに答えるなら、見本を見る場所としては、見本市は今の調達の速さに付いていけません。見本のバックグラウンドを確かめる場所としては、ネットではまだ代わりができないと思います。
次の展示会での4つの手
次の展示会での手は、4つです。行く前に、ネットで候補を絞って、話を聞く時間を先にもらっておく。ブースでは、製品の手触りを確かめ、解説員の話から、任せられる会社かを見極める。面談のあいだの時間に、予定していない通路をくまなく歩く。帰ってから、次の一手をこちらから行動する。

1つ目。業界の動向と新製品は、先にネットで見ておき、会場の時間は確かめたいサプライヤに使います。出展者向けの手引きでは、半年近く前から準備して面談を申し込むよう勧めていました。買う側も、会う相手を先に決めて行けます。
2つ目。性能はカタログで分かります。手触りは、ブースで確かめます。そのうえで聞くのは、必要とする量を生産できるか、条件を守れる信頼感があるか、注文どおりに出荷できるか。ここで聞けるのは、工場を見に行く相手を決めるための、最初の確認だと思います。
3つ目。予定表に載っているのは、もう見つけたサプライヤです。予定していなかった出会いは、予定表の外にあります。だから、面談のあいだの時間に、予定していない通路をくまなく歩きます。
4つ目。持ち帰った名刺を、任せられるかを確かめた候補の会社と、会場で新しく見つけた会社に分けます。出展者向けの手引きによれば、多くの売り手は数週間で連絡をやめます。売り手からの連絡を待たずに、どの会社と話を続けるかを、こちらが決める。出張の報告も、確かめた候補のサプライヤと、新しく見つけた会社に分けて書きます。
まとめ:その日の展示会の成果
展示会は商談の場だと思われています。でも、工作機械の展示会では、商談に来た国内の来場者は1割に届きません。
一方で、企業で購買に関わる人の3分の2は、人を通さずに買いたい。それでも、AI の答えは人に確かめたい。見本市は見本を見る市として生まれ、その見本は、いまネットで見られます。見本をネットで見られる時代に、展示会で確かめるものと、発掘するもの。確かめるのは、任せられるか。発掘するのは、検索では出会いにくいサプライヤです。
夕方の駅へ向かう紙袋の中には、カタログと名刺と、ノベルティが入っています。でも、本当に持ち帰りたいのは、袋に入らないもの。候補のサプライヤに任せられるかを、自分で確かめたか。新しいサプライヤを、1社でも発掘したか。それが、その日の展示会の成果なんです。
ブースで聞いた量や条件の答えは、帰ってから、サプライヤを選ぶ材料になります。Udemy講座「配属1日目の教科書〜未経験から始める調達・購買の基礎〜」は、価格の見方からサプライヤの選び方まで、現場で使う順に並べた講座です。次の展示会で、ブースで聞くことを自分で決めてから会場へ向かえるようになります。
