2021年の秋、長く付き合っている商社の営業から電話がありました。値上げの連絡だろうと身構えて出たら、言われたのは価格の話ではありませんでした。「枠が取れません」。
いま、半導体メモリで同じことが起きています。サプライヤから「枠が取れない」「値上げをお願いしたい」と言われ、在庫を押さえに走るか、値上げを受けるか、決めかねている方もいると思います。
押さえに走る前に、知っておいてほしいことが2つあります。足りないと分かった瞬間の一斉の発注が、不足を深くすること。そして、足りないときに配る順番は、たいてい、平時の買い方で決まることです。
こんな方におすすめの記事です。
・サプライヤから「枠が取れない」と言われた方
・在庫を押さえに走るか、値上げを受けるか決めかねている方
・なぜ自分の会社が後回しにされるのか分からない方
枠(アロケーション)とは、足りないときに部品メーカーが決める数量

枠とは、部品が足りないときに、部品メーカーが「あなたの会社にはこれだけ」と販売先ごとに決める供給の数量です。業界ではアロケーションと呼びます。商社から買っている会社の分は、商社が受け取った枠の中から回ってきます。
ちょっとやそっと高い価格を出しても、枠が無ければ買えません。冒頭の電話の「枠が取れません」は、私の会社へ回す分を、商社が部品メーカーから受け取れない、という知らせでした。
慌てた一斉の発注が、不足をさらに深くする
いまのメモリは、そもそも需要が生産できる量を上回っています。その不足を深くする原因のひとつは、足りないと分かった瞬間に、買い手の誰もが、取れるだけの量をできるだけ早く取りに行くことです。メモリでは2025年の終わりからこの動きが起き、不足をさらに深くしました。
2021年のあのとき、私も商社へ手当たり次第に電話をかけ、在庫があればすぐに押さえました。
自分の会社が押さえれば、ほかの会社が取れなくなる。ほかの会社も慌てて押さえに走り、さらに足りなくなる。どの会社も自分のラインを守るために合理的に動いているのに、全体では不足が深くなります。経済学で合成の誤謬と呼ぶ現象です。
この動き方は、ブルウィップ効果の原因のひとつとして研究されてきました。ブルウィップ効果とは、売り場での需要の小さな変化が、川上の部品メーカーへさかのぼるほど大きな発注の変化になる現象です。
1997年にその原因を4つに分けて説明した論文があり、そのひとつに割り当てゲームという名前と定義が載っています。供給の不足が見込まれるときの、買い手の戦略的な発注行動のことで、本当の不足ではなく想像上の不足に対する自衛としても起きる、と同じ論文は書いています。
現場では、割り当てゲームは二重発注の形で出ます。同じ部品を何社もの商社へ重ねて頼むと、見かけの需要が膨らみ、枠はさらに厳しくなる。前回の半導体不足では、自動車メーカーとその部品を納める会社が2022年に出す注文は、その年に売れる見通しの車をはるかに超える台数分になると見られていました。

不足は、作る側だけの問題ではなかった
部品の不足は、ずっと、供給するメーカーの問題だと思っていました。半導体でも、お米でも、カードゲームでも、足りないならメーカーがもっと作ればいい、と。ただ、川上の部品メーカーには、届いた発注のうちどれだけが本当の需要なのか分かりません。本当の需要を超えて作れば、ブームが去ったあと不良在庫になる。昔のたまごっちがそうでした。
いまは、不足の半分は買い手が作っていると思っています。
在庫を積む稟議を書いている方に、やめろとは言いません。やめたら、自分の会社のラインが止まります。ただ、積む量のうち、生産に必要な分と、ほかに取られる前に押さえる分は、分けて見ておいたほうがいい。押さえる分は、生産に必要な分が予定どおり入ってくれば、要らなくなるからです。
足りない局面では、在庫を積む代わりに、取り消しのできない発注を早めに入れて数量を押さえる会社も出てきます。キャンセル不可・返品不可と呼ばれる発注で、一度注文したら取り消しも減らすこともできず、不良品でなければ返品もできません。供給が戻ったとき、こうして押さえた分は在庫として手元に残ります。
配る順番は、平時の買い方で決まっている

部品メーカーが、いま欲しいという発注の量に比例して配ると、多く頼んだ会社ほど多く取れるので、買い手の全員が発注を水増しします。
1997年の論文は、対策のひとつに、過去の販売の実績で配ることを挙げています。
いまの電子部品でも、足りない部品は、たいてい直近の購買の履歴に沿って配られます。待っていて先に枠が回ってくるのは、多く、長く、途切れずに買ってきた会社です。
枠が過去の買い方で決まるなら、値上げを断って買うのをやめれば、次に足りなくなったときの枠を減らされ順番を下げられてしまいます。
英語圏の部品業界の解説には、ロイヤルティ税という言い方も出てきます。部品が余っていた時期に、その場その場の安い市場で小銭を浮かせた会社が、いま列の順番の後ろにいる、という意味です。平時では少しでも安いところへ乗り換えるのは、調達としてまっとうな動きです。それが、足りなくなったときに、供給を受けられる枠と順番で返ってきます。
供給不足の際の注意点4つ

1. 同じ部品を、何社にも重ねて頼まない
付き合いのあるメインの商社に、水増しのない需要予測を出します。ただし、水増ししていないので、必ずこの数量を確保してもらえるように交渉します。この辺は長年の信頼関係が重要です。
2. 作る側の見通しは、割り引いて聞く
市況の見通しは、言う人の立場で違います。メモリを作る側の経営者はこの先何年も足りないと言い、買う側の経営者はそれより早く戻ると見ている。作る側は不足が続くあいだ高く売れる立場にいるので、その見通しは割り引いて聞いたほうがいいと思います。何年も足りないと聞いて在庫を積み増せば、自分の会社も不足を深くする側に回ります。
3. 値上げの要請を受けるかを、調達だけで決めない
自分の会社は、客先に何を約束していますか。品質と、コストと、納期。3つとも大事だとよく言われますが、どれを削ってでもどれを守るのかとなると、答えに詰まります。そこが会社として決まっていないと、値上げを受けるかどうかも決まりません。
製品の供給を遅らせてもよいなら、値上げを受けずに、価格が下がってから仕入れを再開する手もあります。どうしても製品の供給が必要なら、価格が上がっても買うことになる。どちらを選ぶかは、社内で相談して経営の判断として決めます。ただ、買うのをやめるなら、次に足りなくなったときの枠が減らされ、順番が下がることまで含めて決めてください。
4. いま足りている部品も、安さだけで買い先を乗り換えない
枠が取れないと言われた部品の供給を受ける優先順位は、すぐには変えられません。いま手を打てるのは、足りているほかの部品の買い方です。
足りているときは価格だけで買い先を選び直し、足りなくなるとさほど長くもない「長い付き合い」を持ち出して枠を求める。買い手がやりがちなこの動き方は、サプライヤから見れば、都合のよいときだけの付き合いに映ります。
まとめ
あの日の「枠が取れません」は、価格ではなく順番の話でした。不足に困っている側のつもりで商社へ手当たり次第に電話をかけた私は、不足を深くする側にもいた。それが分かったのは、5年たってからです。
いま足りている部品の買い方が、次に足りなくなったときの枠と順番を左右します。
値上げを受けると社内で決めても、どの価格で受けるかは、サプライヤとの話し合いで決まります。「資材調達コスト削減交渉術」は、根拠の集め方から詰め方までを、実際の交渉の流れに沿って扱う講座です。見終えれば、値上げの要請に、自分で確かめた根拠を持って答えられるようになります。
