「あの仕入先がまた値上げを言ってきた――でも他に頼める先がない」。
マルチソーシング(調達先の複線化)が話題に上る背景には、こんな現場の悩みがあります。1社にすべてを預けた調達がいかに弱いか、私自身、買い手として何度も思い知らされました。発注先が1つだと、相手の値上げをそのまま飲むしかありません。
こんな方におすすめ
・主要部材を1社に頼っていて、値上げ要請を断りきれない調達担当者
・2社目を作るべきか迷い、コストと効果の判断軸がほしい中堅バイヤー
・関税を踏まえた調達方針を、部内や経営層に説明したい管理職
安い1社よりも、すぐ振り替えられる2社目のほうが、いまの時代は強いんです。その理由と「自社でどう判断するか」を順に解きほぐしていきます。
マルチソーシングとは?調達リスクを分散する3つの型
マルチソーシングとは、同じ部品や製品を、複数の仕入先や生産拠点から分けて買う調達のやり方です。
1つの仕入先だけにまとめて発注するシングルソーシング(その逆のやり方)の対極にあると考えると分かりやすいでしょう。
分散には3つの型があります。ダブルソーシングは同じ品目を2社から買う形。
3社以上に広げれば柔軟性は増しますが、管理の手間も増えます。地理的マルチソーシングは、同じ品目を国や地域をまたいで買い、関税や地政学リスクに備える形です。
実のところ、選ぶ基準は「何を守りたいか」で決まるでしょう。1社の倒産や品質事故に備えるなら国内ダブルソーシングである程度リスク軽減が可能。ある国の関税や災害に備えるなら、地理的に分ける必要が出てくるでしょう。
この地理的な分散を見事に使いこなした家電大手がいます。米国発のSharkNinja(Shark掃除機やNinjaブレンダーで知られるメーカー)は、同じSKU(色やサイズ違いも別番号で数える在庫管理の最小単位)を中国工場と東南アジア工場の両方から調達しています。具体的な中身は後半でじっくりと確認しましょう。
とはいえ、日本の中小製造業では「長年の付き合いだから」と1社集中の発注を続けてしまいがち。では、なぜいまその慣行を見直す必要があるか。次は関税環境から確かめます。
2026年の関税マップ:どこも「安全な国」はもうない
正直なところ、2026年は「ここに頼めば安全」という調達先がもう存在しません。中国・台湾・ベトナム・日本それぞれに、別々の関税措置が同時に走っているからです。
なかでも分かりやすいのが台湾です。米国が安全保障上の理由で特定品目に追加関税をかけられるSection 232(232条)にもとづき、自動車部品や航空機部品などへ上限15%の関税が課されました。怖いのはそのかけ方で、確定は5月28日でしたが、適用日はさかのぼって5月1日とされました。今日サインしたコストが、明日には過去にさかのぼって膨らむわけです。
ベトナムと日本も無風ではありません。ベトナムには、関税をかける前段階として行われる貿易調査(締切は7月2日)が始まっており、中国から移せば安心という発想は通用しません。日本産品にも、別の条文を根拠におおむね13%の関税がかかっています。一次サプライヤーが中国1カ国に依存したままだと、自社が国内で2社に分けても波及は防げません。1カ所への移転では守りにならないのです。
SharkNinjaの「66%ルール」:関税を交渉カードに変える
冒頭で触れたSharkNinjaは、事業のおよそ66%を中国内外で同じ水準の関税にそろえ、関税の打撃を粗利のわずか0.1%低下に抑えました。製品1個あたりに換算すると数円以下の影響に収まる水準で、グロスマージン(売上から原価を引いた利益が売上に占める割合)への影響を前年比でほぼゼロにとどめたわけです。ここがミソで、分散そのものが守りの盾になっています。
なぜここまで打撃を抑えられるのか。同じSKUを複数の国に持っておくと、価格を上げてきた工場から、量を欲しがる別の工場へ、生産を即座に振り替えられるからです。CEOのMark Barrocas氏はこう語っています。「ある国のサプライヤが価格を上げようとしているとき、私たちはその生産の一部を、ボリュームを求める別の工場に移した」(筆者意訳)。振り替え先として、ベトナム・インドネシア・タイ・マレーシア・カンボジアという複数国を抱えていました。事前に同水準の関税にそろえておいた設計が功を奏したと考えられます。
ここで日本の調達現場に置き換えてみます。ある機械部品の仕入先からの価格改定の要請を、別の仕入先への振り替えをにおわせるだけで断れたことが何度かあります。実際に量を動かしたわけではありません。「いつでも振り替えられる」という事実が、交渉のテーブルでの抑止力になったのです。
マルチソーシングの2社目は、量を移すための保険であると同時に、移さずに済ませるための切り札でもある。
SharkNinjaと同じことを中小製造業でやる必要はありません。年商規模も品目数もまるで違います。ただし主力部材を1社に絞るのをやめ、最低1社の代替先を持っておくだけで、交渉力は大きく変わります。では、自社で2社目を作るとき、何に気をつけるべきか。
自社で2社目を作る前に:コスト試算と失敗パターン
マルチソーシングはタダではありません。2社目を迎えるには、仕入先の審査・登録、品質の認定試験、そして発注を分けることで失う単価の優位という負担がかかります。BCP(供給停止が起きても事業を止めない備えの計画)として価値はありますが、コストと効果の天秤を先に見ておくべきです。
コスト試算の目安はこう組み立てます。新仕入先の審査・登録で数十万円、品質認定試験で数十万〜百万円、そして発注ロット分散による単価増分(年間調達額の数%)が主な追加コスト。これを「供給停止が顕在化したときの損失(調達不能期間 × 月間調達額)」と並べて比べます。月間調達額の大きい主力部材なら、供給停止がひと月続いた損失は単価増分の年間額を軽く上回る。そう試算できれば、上乗せは「保険料」だと社内で説明できます。
では、どの品目から手をつけるか。次の3つに当てはまる品目から始めると、投資対効果を説明しやすくなります。
- 仕入先から値上げ・価格改定を要請されている品目(2社目がすぐ交渉材料になる)
- BCP計画で「代替先なし」に分類されている品目(止まると事業が止まる)
- 年間調達額が大きく、供給停止時の損失を金額で示せる品目(稟議が通しやすい)
体制づくりの期間感は、審査から量産移行までおおむね半年から一年が目安と考えられます。まずは自分の担当品目の中から、いま1社しか頼れないものを1つ探してみましょう。「この品目は1社にしか発注できていません」と上司やリーダーに報告するところから始めれば、それが部内棚卸しの最初の一歩になります。
まとめ
ここまでをまとめると、マルチソーシングは仕入先や拠点を分けて調達を途切れさせない戦略でした。
2026年は安全な調達国が消え、SharkNinjaは66%の同水準化で関税の打撃を粗利0.1%に抑えた。そして2社目には審査や単価増のコストがかかり、放っておけば形骸化する。これが全体像です。
明日からできることは2つあります。第一に、1社だけに頼っている主要部材を3品目だけ書き出す。第二に、その品目の代替候補と、移転先候補国の関税率を調べてみる。
このとき、先ほどの3条件(値上げ要請・BCP代替なし・調達額大)のうちどれか1つでも当てはまる品目が見つかったら、それが2社目追加を部内で議題にするサインです。サインの立った品目を会議に持ち込めば、「2社目を作るかどうか」の意思決定が一気に前に進みます。
関税環境が流動的な今、調達部門の役割は「安く買う」から「止まらない調達網を設計する」へと移りつつあります。仕入先を増やす一歩は、その第一歩であり、交渉力を取り戻す一歩でもあります。あわせて読みたい記事も、ぜひのぞいてみてください。
とはいえ、いざ交渉の場でどう切り出すかは別のスキルがいります。「調達歴20年現役バイヤーが教える!明日から使える 資材調達コスト削減交渉術」では、ボリュームを武器にした価格交渉の組み立て方を5時間でじっくり解説しています。分散の次の一手として、のぞいてみてください。
