またこの時期に値上げの連絡か…
ほんまに、なんで毎年毎年おんなじタイミングなんや?
彼は主要な化学メーカーの営業部長から原材料費15%アップという、もはや見慣れてしまった通知メールを受け取っていました。
この「春と秋の風物詩」とも言える価格改定(値上げ)の連絡が、なぜか毎年4月と10月前後に、まるで各社示し合わせたかのようにやってくる。
製造業の購買・調達部門で働く皆さんなら、この「あるある」に共感いただけるのではないでしょうか?
実はこれ、単なる偶然ではありません。
この記事では、その裏側にあるカラクリと、私たちがとるべき対策について解説します。
▼こんな方におすすめ
・製造業の購買・調達部門で働く、実務経験3〜10年の中堅担当者の方
・サプライヤーとの価格交渉で、いつも受け身になってしまうと感じている方
・コスト削減のプレッシャーと、サプライヤーとの関係維持の板挟みに悩むマネージャーの方
絶望的な値上げ通知、その裏側にある3つのカラクリ
「またか…」とため息をつきたくなる、春と秋の値上げラッシュ。
実はこれ、単なる業界の慣習という言葉だけでは片付けられない、極めて合理的な3つの理由が複雑に絡み合っています。
先輩、やっぱり4月と10月って値上げが多いですよね。
これって各社が裏で相談してるんですか?
いやいや、それは独占禁止法違反になっちゃうよ(笑)。
でもね、各社の会計ルールや決算時期が似ているから、結果的にタイミングが重なるんだ。
① 意外な会計の罠:「先入先出法」が生むタイムラグ
まず知っておくべきは、多くの製造業が採用している「先入先出法(FIFO)」という在庫評価の仕組みです。
これは「先に仕入れたモノから先に出ていく」という考え方で原材料の原価を計算する方法。これがどう値上げに関係するのでしょうか?
例えば、原油価格が1月に急騰したとします。しかし、皆さんの会社に納品される製品に使われているのは、サプライヤーが去年11月や12月に、まだ安い価格で仕入れた原材料です。
つまり、市況が上がっても、それが製品原価に反映されるまでには、平均して3〜6ヶ月ほどのタイムラグが発生します。
サプライヤーの経営陣が「このままじゃ利益が吹っ飛ぶ!」と焦り出すのは、高い原材料を使った製品の出荷が始まる頃。
それがちょうど、年度末や半期決算が迫る3月や9月なのです。
だから、新年度の4月や下期の10月に価格を改定しないと、決算が大赤字になってしまう。
これが最大のメカニズムです。
感情論で玉砕
駆け出しの頃、彼はこの仕組みを全く理解していませんでした。
4月からの値上げ通知に対し、「市況は先月から落ち着いてるじゃないですか!」と感情的に反論。
結果、相手を怒らせ交渉は決裂してしまいます。
その後、上司に「相手の原価計算の仕組みを考えたことあるか?」と諭され、自身の視野の狭さを恥じたといいます。
② 抗いがたい日本の慣習:「決算・予算サイクル」というカレンダー
次に、日本企業ならではの商慣習です。
多くの企業は3月決算であり、来年度の予算編成は1月〜2月頃に佳境を迎えます。
サプライヤーからすれば、予算が固まる前に値上げ分を織り込んでもらうのが最もスムーズです。
予算承認後に「やっぱり値上げします」と言っても、「もう予算決まったので無理です」と断られるのがオチですから、通知が2月〜3月に集中し、4月改定となります。
10月改定が多いのは、上期(4〜9月)の実績を見て「このままだと下期は赤字だ」となった企業が、中間決算に向けて動くためです。
③ 国が後押しする流れ:「価格交渉促進月間」
さらに、この流れを後押ししているのが、実は「国」の存在です。
経済産業省・中小企業庁は、毎年3月と9月を「価格交渉促進月間」と定めています。
これは、大企業などの発注側に対し、下請け企業からの価格転嫁の申し出に誠実に応じるよう促すためのもの。
サプライヤーからすれば、「国もこう言ってますし…」という強力な交渉材料になります。
この政策的な追い風が、結果として「交渉するなら3月・9月」というサイクルをより強固なものにしているのです。
衝撃のコスト、でも「分解」すれば光明が見える
値上げのタイミングに構造的な理由があることは分かりました。
では、我々バイヤーは、ただそれを受け入れるしかないのでしょうか?
いいえ、そんなことはありません。
ここからは、私が20年以上の現場で叩き込まれた、具体的な値上げ 交渉のテクニックをお伝えします。
「一律〇%アップ」という魔法の言葉を解く
サプライヤーが提示する「原材料費と物流費の高騰により、一律10%の値上げをお願いします」という言葉。
これを鵜呑みにしてはいけません。
あなたの仕事は、この「一律」という魔法を解き、「分解」して検証することです。
「分解」って具体的にどうやるんですか?
見積書の内訳を見せてもらう感じですか?
その通り。ただ見せてもらうだけじゃなくて、公的なデータと照らし合わせるのがプロのやり方だよ。
例えば、以下のようにコストを分解し、それぞれに「客観的なデータ」をぶつけます。
特に有効なのが、日銀が公表している「企業物価指数」との比較です。
STEP 1:原材料費の分解
「今回の値上げ要因であるナフサ価格ですが、市場データを見るとピークアウトしています。
なぜこのタイミングで最高値ベースの試算なのですか?」と問う。
STEP 2:物流費・労務費の分解
「物流費アップとのことですが、御社は自社便比率が高いはず。
燃料サーチャージ分だけを切り分けて計算できませんか?」と確認する。
STEP 3:企業物価指数の活用
「企業物価指数を見ると、当該品目の上昇率は3%です。
御社の提示する10%との乖離(7%)の根拠を、具体的なデータで示してください」と依頼する。
感情論ではなく、事実とデータを元に冷静に問いかけること。
これが、相手に「このバイヤーは素人じゃないな」と思わせ、真摯な交渉のテーブルについてもらうための第一歩です。
安堵は禁物、次の一手を打つための戦略的視点
さて、目先の価格交渉を乗り切ったとしても、それで安心はできません。
むしろ、ここからがマネージャーやベテラン担当者の腕の見せ所です。
値上げの波を「コスト増」というピンチではなく、自社の調達戦略をアップデートするチャンスと捉えましょう。
「固定価格」という幻想を捨てる
これからの時代に「価格を固定する」という考え方は、正直な話、かなり危険です。
無理に価格を固定しようとすると、サプライヤーは品質を落としたり、安定供給の優先順位を下げたりして、見えないところでコストを吸収しようとするからです。
フォーミュラ制の導入
私が推奨しているのが、「フォーミュラ制(価格スライド制)」の導入です。
これは、鉄鉱石やナフサ、為替などの客観的指標に連動して、四半期ごとに自動で価格を見直す契約方式です。
市況が下がった時には自動的に価格も下がるため、毎年の消耗する値上げ交渉から解放され、透明な関係を築くことができます。
サプライチェーンの「健康診断」をしていますか?
今回の値上げを機に、自社のサプライチェーンがどこか特定の地域や企業に偏っていないか、「健康診断」をすべきです。
東日本大震災や、物流の2024年問題など、リスクは常に変化しています。
価格交渉と同時に、供給元の複線化(マルチソース化)や、国内拠点に近いサプライヤーの開拓を検討しましょう。
『コストは管理するものだが、リスクは設計するものだ』。
目先の単価だけでなく、将来の供給途絶リスクを予測し、耐えうるサプライチェーンを設計することこそ、これからの調達部門に求められる役割です。
【注意】下請法・独占禁止法への配慮
価格転嫁に一方的に応じない姿勢は、独占禁止法が禁じる「優越的地位の濫用」と見なされるリスクがあります。
コンプライアンスの観点からも、「話し合いに応じない」という態度は絶対にNGです。
結論:未来の調達戦略は、今日の一歩から始まる
毎年繰り返される値上げの波。その背景にある構造を理解し、戦略的に立ち向かうことで、あなたは単なる「バイヤー」から、会社の未来を支える「戦略的パートナー」へと進化できます。
最後に、明日からすぐに行動に移せる3つのステップをまとめました。
Step 1:現状把握
主要サプライヤーの有価証券報告書を読み、在庫評価方法(先入先出法か、総平均法かなど)を確認する。
Step 2:データ要求
次回の価格交渉では、必ず「コストの内訳データ」と「根拠となる指標」の提出を依頼リストに入れる。
Step 3:仕組みの提案
担当サプライヤーと「フォーミュラ制」導入の可能性について、まずは雑談レベルで話してみる。
価格交渉は、もはや「どちらが我慢するか」のゼロサムゲームではありません。
お互いのビジネス構造を理解し、変動するコストをいかに公平に吸収していくかという、パートナーシップが問われる時代なのです。
今回の値上げの波を、ぜひ自社の調達戦略を見直す絶好の機会と捉えてください。
あなたのその一歩が、会社の未来をより強靭なものにするはずです。
値上げのカラクリを理解した今こそ、交渉スキルを体系的に磨くベストタイミングです。
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