また「在庫が多すぎる!」って怒られました…。
でも去年欠品したときは「なんで在庫持ってないんだ!」って死ぬほど怒られたのに。どっちが正解なんですか?
あるあるだね。在庫は増やしても減らしても怒られる。
でもそれは、君のせいじゃない。会社に「在庫戦略」がないからだ。
私が調達の現場を歩き始めて間もない頃、ある先輩バイヤーから言われた「在庫戦略がない」という言葉。当時はピンときませんでしたが、今になってその意味が痛いほどよくわかります。
(1)コロナ後の在庫問題の構造的な原因
(2)ABC×VED分析による「在庫ポートフォリオ」の作り方
(3)明日から始められる3つの実践アクション
について、現場目線で解説します。
「欠品させるな」と「在庫を減らせ」、その板挟みに終止符を打つ
「去年、重要部品Aを欠品させて大騒ぎになった。だから今年は多めに仕入れておいた。
そうしたら今度は『在庫が多すぎる』と言われた」――この話、他人事ではない方も多いと思います。
そうなんです!在庫が多いと怒られ、欠品しても怒られる。
じゃあどうすればいいんだ…って途方に暮れてます。
実のところ、これは個人の能力問題ではありません。会社に在庫の「判断基準」がない、つまり在庫戦略が存在しないことが根本原因です。
「欠品させたくない」という現場の本能的な防衛反応と、「在庫コストを下げろ」という経営圧力が、戦略なしにぶつかり合っている状態です。
この記事では、その対立を解消するフレームワーク「在庫ポートフォリオ思考」を紹介します。
在庫ポートフォリオ思考とは
部品一つひとつに、その「重要度」と「金額的影響」に応じた在庫方針を持つこと。
それだけで、あの板挟みはかなり楽になります。
コロナ後の「在庫積み増し」が今なぜキャッシュを食い潰しているのか
2020〜2021年、コロナ禍での半導体不足や海外工場のロックダウンにより、「ジャスト・イン・タイム(JIT)」というサプライチェーンの常識が音を立てて崩れていきました。
あのころ、「必要なときに必要なだけ」という哲学は「リスクへの無策」に見えたものです。
そこで多くの企業は「ジャスト・イン・ケース(JIC)」に舵を切りました。
万が一に備えて在庫を積む。これ自体は合理的な判断でした。
問題は、その移行が「戦略的」ではなく「恐怖」に基づいていた点です。
「欠品したら大変だから、全部多めに持とう」という、部品ごとの重要度を無視した一律の積み増しが横行しました。
需要減とブルウィップ効果のダブルパンチ
結果として何が起きたか。2023年以降、供給不安が和らぐにつれて需要は落ち着いたのに、在庫だけが膨らみ続けたのです。さらにこれを加速させたのが「ブルウィップ効果」です。
これは、川下の小売の需要変動が、卸売→製造→調達へと上流に向かうほど増幅される現象のこと。
消費者の小さな揺らぎが、部品サプライヤーにとっては巨大な波に見えてしまうため、実際の需要以上に在庫を積み続けてしまう構造が生まれます。
キャッシュフローへの警告
在庫は「現金を物に変えている」状態です。
在庫日数が10日増えると、年商100億円規模の企業では約2.7億円の資金が棚に眠ることになります。
今、多くの企業が「欠品対策」で積んだ在庫が、キャッシュフローを圧迫するという次の問題に直面しています。
「戦略なき削減」は「戦略なき積み増し」より危険なケースがある
ここで問題が起きます。過剰在庫を見た経営層が「全部20%削減」と号令をかける。
これが、実は「戦略なき積み増し」と同じくらい危険な場合があります。
なぜか。部品には、欠品したときの影響が根本的に違うものが混在しているからです。
ある部品が欠品しても翌週に補充できる。でも別の部品が欠品すると、その日のうちに生産ラインが止まる。
この違いを無視して一律カットするのは、患者に「薬を全部20%減らせ」と言うようなものです。
削減目標を達成したら翌月にライン停止。
「なぜあの部品まで削ったんだ」と言われても、基準がなければ判断しようがありませんよね…。
自動車の生産ラインが止まると、1日で数千万〜数億円規模のコストが発生するとされています。
その部品の在庫を削って欠品させた場合の損失は、在庫削減で得られるコストメリットを軽く上回ります。
もう一点、知っておくべき会計的な「罠」があります。
在庫を増やすと、短期的には会社の利益が増えたように見えます(棚卸資産として計上し、費用が抑えられるため)。
「黒字なのに現金がない」という構造はここから生まれます。数字だけで判断しない意識が必要です。
部品にも「命の重さ」がある──VED分析で在庫を仕分ける
ここで登場するのがVED分析という手法です。
もともとは病院の医薬品管理から発展したフレームワークで、命に関わる度合いで分類します。
・V(Vital/死活的): 欠品すると即座に生産ラインが止まる部品。代替品のない専用部品など。
→ 方針:常時在庫確保・複数ソーシング・毎週レビュー。
・E(Essential/重要): 欠品すると数日以内に支障が出る部品。短期欠品は許容できる。
→ 方針:バッファー在庫を持ち、月次でレビュー。
・D(Desirable/望ましい): 欠品しても当面の生産には影響しない部品。汎用品。
→ 方針:都度発注・最小在庫・四半期レビュー。
たとえば、高精度モーターのコントローラー基板(専用品・調達リードタイム3か月)はV品です。
一方、近場の商社から翌日調達可能な汎用の六角ボルトはD品。
「この部品、VかEかDか?」と問い続けるだけで、管理の優先順位が根本から変わります。
ABC×VEDで「在庫ポートフォリオ」を組む──9マス分類表の作り方
VEDで「重要度」を分類したら、次にABC分析で「金額的影響」を組み合わせます。
ABC分析はシンプルです。調達金額(または在庫金額)の構成比で品目を3ランクに分類します。
- Aランク:上位20%の品目が全体コストの約80%を占める(パレートの法則)
- Bランク:次の30%の品目
- Cランク:残り50%の品目(金額的影響は小さい)
このABC(金額)とVED(重要度)をクロスさせると、9マスの「在庫ポートフォリオ表」が完成します。
| V(死活的) | E(重要) | D(望ましい) | |
|---|---|---|---|
| A(高額) | AV: 最優先管理 欠品NG・在庫監視強化 | AB: 高優先 | AD: コスト管理重視 |
| B(中額) | BV: 高優先 | BB: 標準管理 | BD: シンプル化 |
| C(低額) | CV: 重要度優先 | CE: バッファー縮小 | CD: 最小限管理 都度発注・手間削減 |
メリハリのある管理を実現する
AV品(高額×死活的)は最優先管理です。
複数ソーシングを徹底し、バッファー在庫を厚めに持ち、毎週在庫をレビューします。このマスの部品は数が多くないはずです。集中して管理エネルギーを投じる価値があります。
一方、CD品(低額×望ましい)は最小限管理でかまいません。都度発注・最小在庫・四半期に1回のレビューで十分です。このマスは品目数が多い割に金額的影響が小さい。「省エネ管理」が正解です。
この表を作って経営会議に持参するだけで、議論の質が激変するよ。「AV品が全品目の3%に過ぎないが、欠品リスクは最大です」と言えば、一律削減なんて無茶は言われなくなる。
在庫戦略は「経営の選択」が先に来る
ここまで読んで「わかった、明日からABC×VEDで分類しよう」と思った方。
ちょっと待ってください。実は大事な前提があります。
在庫管理には根本的なトレードオフが存在します。「コスト最小化」と「サービスレベル維持(欠品ゼロ)」と「在庫水準低減」は、三つ同時には実現できません。どれかを優先すると、他のどれかを犠牲にします。
この選択は経営が下すべき判断です。
「うちはコスト最優先でいく(ある程度の欠品リスクは許容)」なのか、「欠品ゼロを絶対条件とする(キャッシュより安心優先)」なのか。
その方針が決まってはじめて、適切な在庫基準を設定できます。
もう一つ重要な概念が「出口基準」です。
「入荷予定と実績の乖離が5%以内が2か月続いたら、その部品の戦略バッファーを解除する」といったルールを決めておくこと。これがないと、一度増やした在庫は永遠に減りません。
まとめ:明日から始める3ステップ
「戦略なき在庫最適化」は、単純な積み過ぎより遅効性の害を持つことがあります。今日からできることを3つ挙げます。
- 【今日】手持ち在庫リストをVED基準で色分けする(V=赤、E=黄、D=緑)
- 【今週中】AV品リストを上司に提示し「これは削減対象外」と根拠を示す
- 【今月中】「在庫戦略シート」を作り、部品ごとの目標在庫日数を設定する
在庫問題は「量の問題」ではなく「戦略の問題」です。ABC×VED分析という道具は、特別なシステムなしにExcelで今日から始められます。大切なのは、部品ごとの「命の重さ」を問い直すことです。
