SIer(システムの開発や導入を請け負うIT専門会社)から届いた見積書を開いたものの、工数も単価も妥当か判断できず、そのまま稟議に回してしまった。こんな経験はありませんか。IT調達は資材の発注と勝手が違い、どこを突けばいいか入口でつまずきやすい分野です。
こんな方におすすめ
見積額が高い気がするのに、どこを指摘すればいいか分からない方
IT部門に任せきりで、調達としてコスト面に関与できていない方
ITシステムの発注経験が浅く、交渉の入口でつまずく方
この記事で得られること
SIer見積が高くなる構造的な理由と、その見抜き方
見積書を分解して妥当性を確認する5つの精査ポイント
資材調達の手法を応用した、現場で使えるコスト削減交渉の進め方
結論から書くと、SIer見積は「要件の曖昧さ」が価格を押し上げます。発注前に要件を固め、見積を分解して読めば、主導権はこちらに移せます。
SIer見積が高くなる3つの構造的理由
SIer見積が高く見える最大の理由は、要件の曖昧さです。値付けする側の事情が分かれば、指摘すべき場所も見えてきます。理由は大きく3つです。
理由1:要件の曖昧さ
要件があいまいだと、リスクバッファ(想定外に備えて料金に上乗せされる余裕分)が膨らみます。IPA(情報処理推進機構)が2019年に公表した「ユーザのための要件定義ガイド 第2版」は、要件を定義する責任はユーザーにあると明記し、開発遅延の過半は要件定義の失敗にあると指摘しました。2019年の指摘ですが、同じ傾向は今も続くとされています。SIerはリスクヘッジで工数を多めに見積もると考えられ、見積額を押し上げます。
理由2:多重下請け
多重下請け(元請けが下請けや孫請けへ仕事を流していく、重なった請負の仕組み)では、各段階に管理費や利益が乗っていくと考えられます。比率を言い切れる公的データは見当たりませんが、重なるほど価格が積み上がる構造です。
理由3:相場の見えにくさ
ここで資材調達の出来事を1つ。金属加工や電子部品の調達で、図面(仕様)が曖昧なまま見積を取ると、各社が安全側に振って高めに出してきます。仕様が曖昧なほど各社がリスクを乗せる点は、IT見積でも変わりません。比べる物差しがないまま一社だけに聞くと高止まりします。
まずは見積を受け取ったら「理由はどれか」と問いを立てるだけで、精査の切り口が見えてきます。では、どこを見れば妥当性が分かるのでしょうか。
①曖昧さが価格を押し上げる ②請負が重なる ③物差しがない。この3つが見積を高くしている。
見積書を解体する:バイヤーが確認する5つの精査ポイント
届いた見積は「工数×単価+経費+利益」に分解させて読むのが第一歩です。これはコストブレークダウン(価格を要素に分け妥当性を見る手法)と呼ばれ、資材調達では当たり前に使う型です。①工数②単価③間接費④変更管理⑤検収の5観点で確認します。
工数と単価は「分解」して見る
①工数と②単価は、内訳と根拠です。工数(開発に必要な作業量)は人月(にんげつ/技術者1人が1か月働く量)で示されます。「設計に何人月、開発に何人月」と作業ごとに割らせ、誰がどの単価で入るのかを根拠ごと出してもらいましょう。
物差しには、IPAが公開していたCoBRA法(過去の開発実績から自社の見積基準を作る手法)が参考になります。実績を10件ほど集めれば、自社なりの見積モデルを作れるという発想でした。
「設計に何人月、開発に何人月」と役割ごと。誰がいくらの単価で入るか。根拠がない見積は交渉の切り口。
契約条件で後の追加費用を防ぐ
④変更管理と⑤検収は、契約条件の取り決めです。変更管理条項(発注後の追加・変更で費用や納期をどう扱うか定めた取り決め)は、後から費用に響きます。IT開発では人件費がそのまま費用に直結し、変更で膨らみやすい点が資材調達と異なります。ただし事前に取り決めを固める原則は変わりません。「追加要望はいくらで精算するか」を契約前に決め、SLA(エスエルエー/品質や対応速度の約束ごとを数値で定めた取り決め)と検収(納品物が要件どおりか確認し受け取りを認める手続き)の基準も先に握っておきましょう。
間接費は「分解させる」依頼から
③間接費は、諸経費の比率です。実のところ、ここで一度つまずいた出来事があります。見積を分解して出し直してほしいと依頼したところ、内訳が一式のまま返ってきて再提出になりました。
依頼のときは「工数・単価・経費・利益の4つに分けて、人月ごとの内訳が分かる形で出し直してほしい」とメールで具体的に書くのがコツです。要素を指定し直すと、翌週には人月の一覧が出てきました。どこに余裕が乗っているかが見え、間接費の根拠を確認できます。
内訳が出せない見積は、それ自体が交渉の余地を示すサインです。とはいえ調達だけでは工数の妥当性まで判断しきれません。次は技術の分かる人と組みます。
見積の内訳が「一式」で返ってくることが多いのですが、これは交渉の足がかりですね。
そのとおり。「一式」は SIer側も内訳を詰めていない証拠。具体的に「4つに分けて」と指示すれば、より正確な見積が出てくる。これが調達の関与ポイント。
IT部門と組んでSIer交渉力を高める進め方
IT部門が技術仕様を、調達が価格と契約を担う分業が、交渉力を生みます。工数が妥当かは、技術が分かる人でないと見抜けません。資材調達でも、材料の加工難易度や歩留まりは技術部に確認しないと相場の当たりが付かないのと似ています。だから、最初に役割を分けておきます。
役割分担の設計
具体的には、IT部門は「何を作るか」という技術仕様、調達は購買プロセスや交渉、契約の管理を持ちます。経験上、はっきり線を引くほどうまく回る組み方でしょう。IPAが公開するモデル契約(モデル取引・契約書/発注側と開発側の責任分担を示したひな型)は、ユーザー企業が負うべき責任を整理したものです。調達の関わる領域も、そこから見えてきます。
発注側の関与が交渉力を決める
発注側の関わり方も、交渉力を左右します。IPAのアジャイル開発(段階的に動かしながら仕様を固めていく方式)版モデル契約は、優先順位を決めるプロダクトオーナーの役割を、成否を決める要と位置づけています。関与が弱いと、決められない発注者として足元を見られかねません。
ここで連携の出来事を1つ。仕様はIT部門、価格と契約は調達、と線引きしようとしたとき、IT部門は「価格交渉に口を出されると進めにくい」と最初は身構えました。そこでキックオフ前に30分もらい、役割分担を1枚の表にして「技術の判断はそちらに委ねる、こちらは価格と契約だけ持つ」と擦り合わせると、納得が得られました。
窓口が一本化されると、交渉が進めやすくなります。あなたの職場でも、まずはこの役割分担を1枚の紙に書き出すところから始めてみてください。その1枚が社内合意の起点になります。では、どう交渉すれば費用が下がるのでしょうか。
調達バイヤーが使うコスト削減交渉の5つの手法
交渉の核は「優先順位付け」と「段階発注」です。前章の役割分担を土台に、費用を抑える手を5つ挙げます。①MoSCoW法②段階発注③相見積④内製・パッケージとの比較⑤協力型の交渉。要件と発注の仕方を工夫するほど、結果につながります。
要件絞り込みと段階発注
①MoSCoW法(モスクワ法/機能を「必須・推奨・任意・除外」の4段階で仕分ける優先順位付け)と②段階発注(フェーズ分割/工程ごとに区切って発注する進め方)は対で使います。全部盛りにせず必須から固め、区切って出すと、初期の費用とリスクが下がると考えられます。要件が絞られるほど、上乗せ分も小さくなる理屈です。
相見積・比較・協力型交渉
③相見積(複数社から見積を取り比較すること)、④内製(自社内でシステムを作ること)やパッケージとの比較で、価格の物差しを増やします。そして⑤協力型の交渉。私の経験では、相手を叩いて一度安くさせるより、長期の協力関係を前提に引き出すほうが有利な場面が多いと考えられます。無理な値引きは品質低下や追加請求に跳ね返り、トータルのコストを押し上げかねません。
中小製造業なら、まず1案件で段階発注を試し、社内に型を残すところから始めれば無理がありません。最後に注意点を1つ。公正取引委員会は2024年6月、情報サービス業を下請法(発注側が下請けに不当な負担を強いることを禁じる法律)の重点立入業種に選定しました。下請けへ一方的に負担を押しつける交渉は通用しません。費用を抑えられたのは「叩いた」からではなく、要件を絞って比べられる状態を作ったからだと考えています。
STEP1要件と優先順位を固める(必須・推奨・任意・除外で仕分ける)
STEP2仕様をIT部門と確定させる
STEP3複数社へ相見積を出す
STEP4見積を工数・単価・経費・利益の4要素に分解して比べる
STEP5段階発注の形で契約する
まとめ
SIer見積の読み方と交渉の進め方を見てきました。要点は4つです。
SIer見積が高いのは、要件の曖昧さ・多重下請け・相場の見えにくさという構造ゆえ
見積は「工数×単価+経費+利益」に分解し、変更管理や検収条件まで読むと妥当性が見える
技術仕様はIT部門、価格と契約は調達という分業が、SIerへの交渉力を生む
優先順位付けと段階発注を軸に、長期の協力関係を前提に交渉すると費用が下がりやすい
まずは手元のSIer見積を1枚開き、4要素に分解できるか確かめてみてください。分解できない見積こそ、最初の交渉ポイントです。役割分担を書き出したメモは、上司や経営層へ「調達がどこまで関与するか」を説明する材料にもなります。1案件で型ができれば、3〜5年で内製判断の基準も育ちます。
