「強制労働」は他人事じゃない。米国が60カ国調査開始、バイヤーが今すぐ知るべき人権デューデリジェンス入門

人権デューデリジェンスって、CSR部門の仕事じゃないんですか?

そう思っていたら、先日のニュースで少し焦ったよ。
2026年3月12日、米国が日本を含む60カ国に対し、強制労働に関するSection 301調査を開始したんだ。

対象は米国輸入の99%以上をカバーする主要貿易相手国。「数ヶ月で完了させ、解決しなければ関税を賦課する」と、米国通商代表部(USTR)のGreer代表は明言しています。

こんな方に読んでほしい記事です

・「人権DD」という言葉を聞いたことはあるけど、何をすればいいかわからない方
・自分の担当部品がどこでどう作られているか、意識したことがない方
・会社や顧客から「サプライヤーの人権リスクを確認しろ」と言われて困っている方

この記事を読むと、以下のことがわかります。

・強制労働問題が「通関拒否」という実務リスクに直結する理由
・人権デューデリジェンスとは何か、初心者向けの基本解説
・調達の現場で明日からできるファーストステップ3つ

目次

「強制労働なんて、うちには関係ない」——バイヤーの人権対応、その認識が最大のリスクです

正直な話、私も以前はそう思っていたよ。
当時仕入れ先は中国のサプライヤーが中心。
「品質と納期とコスト」の3点しか頭になかった。

「強制労働なんて遠い話」と思っていた私が認識を改めたのは、米国がウイグル強制労働防止法(UFLPA)を施行し始めてからです。
強制労働リスクは、サプライチェーンのどこかに必ず潜んでいると考えるべきなのです。

UFLPA(ウイグル強制労働防止法)とは?
2022年6月に発効した米国の法律。新疆ウイグル自治区での生産に関与した製品について、強制労働を使っていないことを「輸入業者側が証明できなければ輸入禁止」という内容です。
つまり、推定有罪。証明責任が企業側にあるのです。

その結果どうなったか。米国税関国境保護局(CBP)のデータによると、UFLPAの施行から2025年8月までの約3年間で、10,000件以上の貨物が差し止められ、総額9億ドル相当の輸入が拒否されています。

ここで重要なのが、差し止めを食らった企業が「強制労働を使った企業」だとは限らない点です。
その製品を仕入れた企業、つまりサプライチェーン下流のバイヤーも対象になる
「知らなかった」は通じない世界です。

え、じゃあ調達担当者も責任を問われるってことですか?

そういうこと。だからサプライヤーの人権リスクを確認することは、もはや調達業務の一部なんだよ。

「うちは新疆とは関係ない」と思うかもしれません。
でも、あなたが仕入れている部品の素材や部素材が、どこで、どうやって作られているか、把握できていますか?

米国が動いた——Section 301とは何か、なぜ今なのか

今回の調査のベースになっているのが、「Section 301」という米国の通商法上の手続きです。
1974年通商法の第301条に基づくもので、外国の不公正な貿易慣行に対して米国が対抗措置(関税賦課など)を取れる規定です。

重要な特徴は、議会の承認なしにUSTRが発動できるという点。スピードが速いのです。

今回の調査の規模と論点

2026年3月12日のUSTR発表によると、調査の対象は60カ国・地域。主要なところを挙げると、カナダ、EU、メキシコ、中国、日本、韓国、ベトナム、インドなど、米国の主要な貿易相手国がほぼ網羅されています。「米国輸入の99%以上をカバーする」という規模感です。

調査の論点は「各国が強制労働で作られた製品の輸入禁止措置を、実効性をもって執行しているか」です。USTRは「EU・カナダ・メキシコなどは一応禁止措置を設けているが、実効的に執行できていない」と指摘しています。

なぜ今? という疑問もありますね。

背景の一つは、トランプ政権がIEEPA(国際緊急経済権限法)に基づいて発動した関税が最高裁で無効化されたことだね。Section 301はその代替手段として機能しているんだ。

タイムラインを整理すると、公聴会が4月28日〜5月1日に予定されており、調査完了目標は2026年7月。Greer代表は「数ヶ月で完了させる。解決しなければ関税を賦課する」と明言しています。

調達担当者が知るべき「人権デューデリジェンス」とは?基本を解説

さて、ここで基本概念を押さえておきましょう。

用語解説:人権デューデリジェンス

人権デューデリジェンス(Human Rights Due Diligence、人権DD)とは、企業が自社のサプライチェーン全体で人権侵害が起きていないかを確認し、問題があれば改善・対処する取り組みのことです。

国際的な基準のベースは、2011年に国連が採択した「ビジネスと人権に関する指導原則」です。
確認すべき人権侵害の例としては、強制労働、児童労働、差別、過度な長時間労働、安全な労働環境の欠如などが挙げられます。

でもそれって、大企業のCSR部門がやる話でしょ?

実のところ、調達担当者こそが人権デューデリジェンスの主要な実施者なんだ。
なぜなら、問題が起きるのはサプライヤーとの取引現場だから。

リスクを把握できるのも、対策を取れるのも、バイヤーの立場にいる人間です。
人権デューデリジェンスは調達業務の新しい標準になりつつあります。

世界と日本の現状

欧米の法整備は、この10年で急速に進んでいます。
フランスは2017年に「企業注意義務法」を施行。
ドイツは2023年に「サプライチェーン・デューデリジェンス法」を施行。EUは2024年7月に「企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)」が発効し、2028年7月26日までに各EU加盟国が国内法化しなければなりません。

日本はどうか。2022年9月に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が策定されましたが、法的拘束力はありません。
しかしPwC Japanの調査によると、それでも日本企業の56.2%が人権DDを未実施というのが現状です。「まだ法律じゃないから」という感覚がまだ根強いのでしょう。

ただ、これは急速に変わります。
EUと取引している企業、米国に輸出している企業、グローバル企業のサプライチェーンに入っている企業は、もはや「法的義務がないから関係ない」とは言えない状況です。

「これで通関拒否?」——サプライチェーンリスク管理:強制労働リスクの見つけ方

では、どんな取引先が危ないんですか?

強制労働リスクが高いとされる地域・産業の組み合わせはいくつかあります。
代表的なのが、新疆ウイグル自治区が関連する綿花・太陽光パネル素材・アルミ、中央アジアや東南アジアの一部地域が関連するアパレル・電子部品など。

ただ、ここで多くのバイヤーが気づくのが「自分の仕入れ先が直接そこから買っているかどうかわからない」という問題です。

2次・3次サプライヤーのリスク
仮に、あなたが仕入れているプラスチック部品のサプライヤーが国内企業だとします。
でも、そのサプライヤーが原料を中国から調達しており、その原料がリスクの高い地域で生産されていたとしたら? これがいわゆる「2次・3次サプライヤー」のリスクです。

さらに厄介なのが「迂回輸出」の問題です。
USTRの今回の発表でも言及されていますが、米国への輸入を差し止められた製品が、第三国経由で再輸出されるケースがあります。
「うちはベトナムから買っているから大丈夫」とは必ずしも言えないわけです。

もう一つ現実的な問題があります。「サプライヤーに聞いたって、正直に答えてくれない」ということです。これは否定できない。
ただだからといって確認しないでいると、リスクが顕在化したときに「全く動いていなかった」企業と、「確認の努力をしていた」企業では、対応の選択肢が大きく変わります。

調達の現場で今日から始める——人権DD実践のファーストステップ3つ

でも、具体的に何をすればいいんですか?
人権デューデリジェンスって難しそうで…

難しく考えなくていいよ。まずは基本的なことから。
この3つのステップから始めてみよう。

  • 自社のサプライヤーリストを眺めてみる
    「自分は今、どこの国から何を買っているか」をざっと確認することがスタートです。購買システムに入って、仕入れ先の国別リストを出してみる。リスクの高い国・地域と対照してみる。それだけです。

    「知ること」がデューデリジェンスの第一歩です。何も知らない状態から、状況を把握した状態になるだけで、次の行動が生まれます。

  • サプライヤーに「どこで・誰が・どうやって作っているか」を聞いてみる
    既存のサプライヤーへの次回の打ち合わせや、メールでのやり取りの中で、製造地や下請け構造について聞いてみることです。
    「最近、人権リスクの確認が求められるようになってきたので、製造工程について教えてもらえますか」という一言だけで十分です。相手の反応を見るだけでも、情報が得られます。
  • 上司・CSR部門・法務に「こんな状況です」と報告する
    人権DDは、一人の調達担当者が単独で完結できるものではありません。特に初心者の段階では、「こういう調査が始まっています。うちはどう対応する方針ですか?」と上に投げてしまうことが大切です。

一人で抱え込まない。これが実は最も大事なファーストステップかもしれません。

これは「法令遵守の話」ではなく「ビジネス継続の話」です

整理すると、今起きていることはこういうことです。

米国が60カ国にSection 301調査を開始し、数ヶ月以内に結論が出る。
違反と判定された国の製品には関税が賦課される可能性があり、そのサプライチェーンに組み込まれた企業は強制労働による通関拒否のリスクを抱えることになる。

日本も調査対象の60カ国に含まれています。

うちは中小企業だから、大企業が対応してくれれば関係ないですよね?

それが違うんだ。あなたが1つでも海外から部品を仕入れていて、その製品が米国市場にたどり着く可能性があるなら、他人事じゃない。
サプライチェーンリスク管理は企業規模に関係なく求められる時代だよ。

今日から動けるアクションプラン
  • まず自分のサプライヤーリストを確認する
  • 取引先に製造地・下請け構造を聞いてみる
  • 上司や関連部署に状況を共有する

難しい話ではありません。「知って、動いた」という記録を残すことが、リスクが顕在化したときの最初の盾になります。


実際のところ、サプライヤーへの評価・選別をどう進めるか、どの水準まで確認すれば十分と言えるかは、状況によってかなり変わります。その実務的なプロセスについては、改めて詳しく解説する予定です。


「人権DDを始めた」という一歩は、あなたの調達部門やあなたを守ることにもつながります。経営陣から「なぜ確認しなかったのか」と問われたとき、「確認していた」と言える状態を作っておく。それがキャリア上のリスク管理でもあるんです。

この記事を書いた人

大手電機メーカーの現役バイヤー(調達歴20年超)。中小企業診断士。Udemy講師。現場の実務と経営の視点で、資材調達の「なぜ?」を解き明かします。

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