「契約書?細かいことは法務に任せてるから大丈夫っしょ」
…本当に、そう言い切れますか?
私はたった一つの条文を見逃しそうになったせいで数千万の損失を出しかけヒヤッとした経験をしました。
契約書は、ただの紙切れではありません。それは、あなたの資材調達業務を守る盾であり、未来を切り開く剣にもなり得るのです。ですが、その使い方を間違えれば、いとも簡単に自らを傷つけます。
この記事は、普段は気にならないけれど放置すると万一の時に大きな痛みとなる契約書のリスクに、光を当てるものです。
この記事を読み終える頃には、あなたは契約書を見る目が変わり、自信を持って交渉のテーブルにつけるようになっているでしょう。
この記事で得られること
・契約書で本当に見るべき「たった3つ」の重要ポイントが明確になります。
・明日から使える、具体的なチェックリストと交渉術が手に入ります。
・契約トラブルを未然に防ぎ、自信を持ってハンコを押せるようになります。
資材調達における契約書の重要ポイント3選
【絶望】「言った言わない」地獄を招く、曖昧な目的・仕様書

まず、全ての契約の「土台」となるのが、目的・仕様(Scope of Work)の条項です。
ここが揺らぐと、どんな立派な契約書も砂上の楼閣と化します。
なぜ、私がまず最初に仕様の明確化を叫ぶのか?
それは、この契約トラブルが日常茶飯事に起きていると感じているからです。
そして大半が、「何を」「どこまで」やるのかという定義の曖昧さから生まれています。
特に、開発プロジェクトのように仕様変更が頻繁に起こる案件では、「最新版の正義」をどちらが握っているかが、天国と地獄を分けます。
【実録】口約束が生んだ悪夢の2ヶ月
当時私が担当していたのは、精密部品の調達。
私の会社の開発担当の佐藤さんは非常に熱心で、サプライヤーの技術者、田中さんと毎週のように打ち合わせを重ねていました。
「ここの公差、もう少し詰められないかな?」
「じゃあ、この材質で一度テストしてみましょう」
そんな会話が飛び交い、仕様はどんどんブラッシュアップされていったのです。
ここまでは、高揚感すらありました。
しかし、問題は、そのやり取りが口頭や個人のメモレベルでしか残されていなかったこと。
正式な仕様書は、3ヶ月前に発行された「初版」のまま、誰も更新していなかったのです。
そして、製品の販売開始日が決まって、最終サンプル納品の日。
検収で製品の寸法を測った佐藤さんが、青い顔で私の元へ飛んできました。
「寸法が、打ち合わせと全然違います…!」
慌ててサプライヤーの田中さんに連絡すると、彼はこう言いました。
「あれ?その部分の公差は話してませんよ。仕様書(初版)通りの認識です」
まさに、絶望。
佐藤さんは口頭で言ったと主張しますが、公式な文書がない我々には、反論の術がありません。
せめてメールでもあれば・・・。
結局、泣く泣く金型改修の追加費用数百万円を支払い、再製作を依頼。プロジェクトは2ヶ月も遅延し、私たちは製造部門長にこっぴどく叱られました。
「とはいえ、開発プロジェクトで仕様変更なんて日常茶飯事だよ!いちいち正式な書類なんて交わしてられない!」
その気持ち、痛いほどわかります。
実のところ、スピード感が求められる現場では、それが実情でしょう。
だからこそ、「変更管理のプロセス」そのものを、最初に契約で定めておくことが命綱になるのです。
全部をガチガチに固める必要はありません。
最低限、「仕様変更時は、指定のフォーマットで、メールでも良いから双方の合意記録を残す」というルールを決めておくだけで、未来の悪夢を防げるのです。
チェックポイント
・契約書に「仕様は別紙『仕様書(版数X.X)』に定めるところによる」と、版数まで明記されていますか?
・その仕様書に、具体的な数値(公差±0.01mmなど)や評価基準(テスト項目、合格ライン)が客観的に記載されていますか?
交渉
・変更管理プロセスのルール化
契約交渉の段階で、「仕様変更が生じた際は、必ず双方が署名した『仕様変更依頼書』をもって正式な変更とする」という一文を盛り込みましょう。
・議事録の戦略的活用
打ち合わせの最後には決めたことを相互に再確認し、議事録を必ず作成。
「本議事録の内容にご異議なき場合は、3営業日以内にご返信ください。ご返信なき場合は、ご承認いただいたものとみなします」
といった一文を添えてメールで送付するだけでも、有効なエビデンスになります。
【実録】たった一行が命取りに…?契約書の罠を見抜き、2000万円の損失を回避した話

次に押さえるべきは、損害賠償(Limitation of Liability)の条項。
万が一のトラブルの際、自社の損失をどこまで相手に請求できるかを決める、非常にシビアな項目です。
ここは、サプライヤー(売り手)と我々(買い手)の利害が最も激しく衝突するポイント。
売り手は当然、責任を限定し、賠償額に上限(キャップ)を設けたい。
買い手は、万一の際に被るであろう全ての損害を補償してもらいたい。
この綱引きで安易に妥協すると、後で大変な大惨事を経験する羽目になります
それは、新製品の市場販売日が迫るドイツメーカーとの緊急調達でのこと。
焦りの中でレビューした契約書に、私は釘付けになりました。
「いかなる請求も、賠償責任は契約金額(当時約50万円)を上限とする」
一瞬、背筋が凍りました。
もしこの部品の欠陥で生産ラインが止まれば、損害は2,000万円にも達する可能性があります。
社内からの「早くしろ」という圧力に負け、この条文を呑むべきか…?
プロとして、このリスクを指摘すべきか…?
一瞬の葛藤の末、私は自分の「調達担当者としての違和感」を信じることにしました。
上司の助けも得て、相手にリスクを丁寧に説明し、粘り強く交渉。
最終的に条文変更を勝ち取ったのです。
幸いトラブルは起きませんでしたが、あの時の判断が、見えない巨額損失から会社を守りました。
どんなに焦っていても、基本の確認を怠らない。その重要性を、まさに肌で感じた瞬間でした。
チェックポイント
・賠償額に上限は設定されていますか?
その金額(契約金額、年間取引額など)は、起こりうる最大リスクに対して妥当ですか?
・「逸失利益、間接損害、特別損害」といった、二次的な損害が賠償の範囲から除外されていないか、しっかり確認しましょう。
交渉術
・リスクの具体化と提示
なぜ上限を上げる必要があるのかを、感情論ではなくロジックで説明します。
「この部品に不具合があった場合、当社の生産ラインが停止し、1日あたりXXX万円の逸失利益が発生する可能性があります。つきましては、賠償額の上限を最低でもYYYY万円に設定いただけないでしょうか」
と、具体的な数字を提示して交渉することが極めて重要です。
・責任範囲の切り分け
サプライヤーの「故意または重過失」に起因する損害の場合は、賠償額の上限を適用しない、という例外規定(カーブアウト条項)の追加を交渉しましょう。
これは比較的、相手方も受け入れやすい代替案です。
【油断】その「不可抗力」、本当に”どうしようもない”ことですか?

最後の砦。それは、不可抗力(Force Majeure)条項です。
普段は契約書の隅っこで眠っているような、地味な存在かもしれません。
「天災地変、戦争、ストライキ…」なんて、自分には関係ない遠い世界の出来事だと思って油断していませんか?
しかし、パンデミックや地政学リスクが高まる現代において、この条項はサプライヤーが免責を主張するための「伝家の宝刀」へと変貌しました。
彼らは、自社の管理不足ですら「不可抗力だ」と言い張り、この刀を抜いてくることがあるのです。
【実録】サプライヤーの切り札「下請けが…」は通用するのか?
は、東南アジアにあるサプライヤーから、製品の基幹部品を調達していました。
生産計画も、この部品が期日通りに入ってくることを前提に組まれています。
そんなある日、営業担当のラシードさんから一本の国際電話がかかってきました。
「申し訳ない。約束の納期に間に合いそうにない」
血の気が引くのがわかりました。理由を問い詰めると、彼はこう言ったのです。
「弊社の部品調達先である台湾メーカーが、その先の原材料メーカからの供給難で生産停止してしまった。
これは契約書にある『不可抗力』に該当するため、我々に責任はない」
まさに、驚愕。
彼の主張はこうです。「我々がコントロールできない、我々の下請け先の問題なのだから、不可抗力だ」と。
もしこれを認めれば、我々はただ納期遅延を受け入れ、生産計画の変更という大混乱に見舞われるしかありません。
私は震える手で契約書をめくりました。
そして、不可抗力条項の中に、ある一文を見つけ、安堵のため息をつきました。
それは、数年前の私が「念のために入れておくか」と、何気なく追加した条文でした。
“For the avoidance of doubt, the failure of subcontractors or suppliers of the Seller shall not be deemed a Force Majeure event.”
(疑義を避けるため、売主の下請業者またはサプライヤーの履行不全は、不可抗力事由とはみなされない)
私はラシードさんに、この条文を冷静に読み上げました。
「ラシードさん、契約書をご確認ください。貴社のサプライヤーの問題は、不可抗力から明確に除外されています。これは貴社が解決すべき『調達管理』の問題です」
電話の向こうで、彼が息を呑むのが分かりました。
結果、彼らは免責を諦め、必死で代替の調達ルートを探し、割増料金を自社で負担して、なんとか部品を確保してくれたのです。
もし、あのたった一行がなければ…。今思い出しても、背筋が凍る思いがします。
「そんな細かいことまで契約書で決められるものなの?不可抗力なんて、基本的にはお互い様じゃないの?」
気持ちはわかります。
確かに、巨大な台風の直撃のような、誰の目にも明らかな「どうしようもないこと」は存在します。
しかし、ビジネスの世界、特に国際取引においては「何が”どうしようもない”ことなのか」の認識が、国や企業によって全く違うのです。
日本的な「お互い様」の精神が通用しない場面は山ほどあります。
「自分たちの常識」に頼るのではなく、「契約書に書かれていること」だけがグローバルな共通言語なのだ、と肝に銘じる必要があります。
コロナ禍を経て、不可抗力条項は「平時の備え」から「有事の生命線」に変わりました。
あなたの会社の契約書は、現代のリスクに対応できていますか?
チェックポイント
・不可抗力の事由は具体的に列挙されていますか?
「その他、当事者の合理的な制御を超える事由」のような、曖昧な包括条項だけに頼っていませんか?
・「パンデミック」「伝染病」「政府・公的機関による規制や命令(ロックダウン、検疫など)」といった文言は、明確に含まれていますか?
・【最重要】「サプライヤーのサプライヤー(下請業者等)に起因する履行遅滞」は、不可抗力の定義から除外する旨が、はっきりと書かれていますか?
交渉術
・「除外リスト」を明記させる
サプライヤーの免責を安易に認めないため、
「ただし、原材料価格の高騰、労働争議(当該サプライヤー固有のものを除く)、下請業者の選定・管理ミス、資金調達難は、不可抗力事由に含まれないものとする」
といった除外事項を明記するよう交渉します。
・発生時の「義務」を課す
不可抗力事由が発生した場合、相手方が単に免責されるだけでなく、果たすべき義務を契約書に盛り込みましょう。
・速やかな通知義務
事由の発生後、速やかに(例:48時間以内に)書面で通知すること。
・影響の軽減努力義務
損害や遅延を最小限に食い止めるための、あらゆる合理的な努力を行うこと。
・回復計画の提出義務
事態が収束する見込みと、履行を再開するための計画を提出すること。
結論:契約書は、未来の会社とあなたを守る「イージスの盾」だ

さて、ここまで資材調達における契約書の3つの最重要ポイントについて、私の経験談を交えながらお話ししてきました。
契約書は、面倒で、難解なものに思えるかもしれません。
しかし、それはあなたと会社、そして取引先との健全な未来を守るための、最高の「盾」なのです。
この盾を使いこなすために、今日からできることを3つのステップで提案します。
今日からできる3ステップ
Step1:自社の取引基本契約書を眺めてみる
自社の取引基本契約書か直近交わした契約書で、今日お話しした「目的・仕様」「損害賠償」「不可抗力」の3項目がどうなっているか、赤ペンでチェックしてみましょう。
Step2:リスクを想像してみる
チェックした内容を見て、「もし、この部品で不具合が起きたら、どんな損害が出るだろう?」と、具体的なリスクを想像してみてください。
金額まで想像できれば、なお良いです。
Step3:次の交渉で、たった一つ質問してみる
次のサプライヤーとの交渉で、完璧を目指さなくて構いません。
「この損害賠償の上限ですが、設定されている根拠を教えていただけますか?」と、
たった一つ、質問してみることから始めましょう。
あなたの資材調達スキルを次のレベルへ
契約書と向き合うことは、過去の失敗と向き合い、未来のリスクを予測する旅のようなもの。
その旅は、決してあなたを裏切りません。
あなたの資材調達担当者としてのキャリアが、より確かで、輝かしいものになることを、心から願っています。
あなたの「こんなトラブル事例があった」「こんな交渉でうまくいった」という経験も、ぜひコメントで教えてください。