こんな方におすすめ
・大手の取引先に値上げを切り出せず、利益が削られ続けている営業担当の方
・一度は値上げを申し入れたのに「検討します」で止められた経験のある方
・値上げ交渉を感情論で終わらせず、相手に通る形で組み立て直したい経営者の方
原材料もエネルギーも人件費も上がっているのに、大手の取引先には値上げを切り出せない。やっと切り出しても「社内で検討します」で止まってしまう。こんな経験はありませんか。
ここで一度、見方を変えてみましょう。値上げを拒む調達担当者は、あなたの「敵」ではありません。自分の評価と社内の説明責任を背負った、ひとりのサラリーマンです。
調達は値上げを断るしかない立場にいます
調達担当者は、この原材料や市況の高騰はもう十分なほど理解している。取適法で価格交渉の協議をしなければならないことも知っている。あなたの値上げがなかなか通らない一番の理由は、調達が社内で説明できる材料を、まだ受け取れていないからです。
公正取引委員会の調査では、価格転嫁ができなかった最多の理由が「受注者から取引価格の引上げの要請がなかった」ことでした。つまり、売り手が言わない限り、据え置きが静かに続いていくのです。
ここで「価格転嫁」という言葉を整理しておきます。コスト上昇分を販売価格に上乗せして、取引先に負担してもらうこと。これが価格転嫁です。
では、調達は自分から「コスト上がってませんか」と聞いてくれるのでしょうか?公正取引委員会の指針では、発注者側から積極的に価格転嫁に向けた協議の場を設けることになっていますが、会社規模や会社のスタンスにもよりますが、残念ながら、受け身で待っていてはいけません。
同じ調査では、すべての受注者と定期的な協議の場を設けた発注者は23.7%にとどまりました。これが現実です。
調達部門が値上げを認めるには社内稟議という関門があります。
社内稟議とは、担当者の判断を上司や関係部署が承認する手続きのことです。上司に説明できない値上げは、ここで止まります。あなたの目の前にいる値上げの受け入れに渋っている担当者は、社内で振りかざせる説明材料を、まだ持っていないだけ。そう考えると、次にやるべきことが見えてきます。
値上げ交渉は感情ではなく「上司に見せられる根拠」で通ります
調達がYESと言えるのは、上司に見せられる根拠が手元にあるときです。ここに希望があります。
先ほどの調査では、転嫁を要請した商品のうち80.7%が「全部、または多く(7〜9割)」転嫁できたと答えています。きちんと言えば、通る確率は意外と高いのです。言わなかった人だけが、据え置かれている。
ただし、ここで誤解しないでください。この数字は「全額が通った割合」ではなく「全部または7〜9割が通った割合」です。
そして全業種をまとめた数字なので、自動車や電機の業界に当てはめるときは「業種で差はあるものの、全体としては」と少し割り引いて読むのが正直なところです。私もいくつかの業界に携わってきましたが、業界によって値上げを受け入れてもらいやすい業界と、文句や反論ばかりで受け入れてもらいにくい業界はあります。
では、何を渡せば通るのか。鍵は「相場」と「コスト分解」です。調達はコストテーブルというものを持っていることが多いのです。製品の原価を材料費・加工費・労務費などに分けて並べた一覧表のことです。
このテーブルと照らして、数字で示せない値上げは却下されやすい、というのが現場の実感です。
具体例で比べてみましょう。「最近全体的に厳しくて」という申し入れと、「この溶接工程の労務費が時給ベースで上がったので、1個あたり単価を上げてほしい」という申し入れ。後者のほうが、稟議は格段に通りやすくなります。前者は調達が上司に説明できないからです。
コスト分解とは、「全体でいくら」とまとめずに、どの工程・どの費目がいくら上がったかを内訳に分けて示すこと。
そこに公的な相場データを一枚添えると、さらに効果が高まります。たとえば労務費です。公取委の調査では、労務費の転嫁率が17.3ポイント上がり、ほかのコストとほぼ同じ水準に近づきました。国も「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を出しています。
第三者や公的なデータの後ろ盾があると、調達は社内で説明しやすくなります。整理すると、渡す材料はこの3つです。
- 自社のどの費目(素材費・労務費など)がいくら上がったかを示す
- その上昇を裏づける公的データや指針を添える
- それを製品1個あたりの単価にいくら反映してほしいかまで落とす
この3つを揃えた紙が、そのまま調達部門の社内稟議資料になります。言ってしまえば、あなたは調達担当者が社内で進めやすいように「社内向けプレゼン資料」を肩代わりしてあげる。そういう感覚です。
2026年の取適法で、協議を断る側が違法リスクを負います
いま、法律と公的データが中小企業の背中を押しています。2026年1月に効力を持った取適法は、協議をせずに一方的に価格を据え置くことを、はっきり禁じました。
取適法とは、改正された下請法のことです。中小受託取引適正化法とも呼ばれ、協議に応じない、あるいは必要な説明や情報提供をしないまま代金を一方的に決めることを禁止しています。
これが何を意味するか。あなたが「一度コストの状況を共有させてください」と協議を申し入れること自体が、法律に裏づけられた行為になったということです。
現場感覚で言うと、昔と今では、調達側が協議そのものを断れなくなった空気の変化を確かに感じます。以前なら「忙しいので」とかわせた申し入れが、いまは無視できなくなっています。
ここで第1章の数字を思い出してください。要請さえすれば8割(80.7%)は転嫁できています。通らないわけではありません。言っていないだけなのです。法律はその「言う」という一歩を、後押ししてくれるようになりました。
「とはいえ、大企業相手に強く出たら、取引を切られるのでは」。そう不安に思う方も多いはずです。気持ちはよく分かります。
ところがです。公取委は、協議もせずに価格を据え置いた発注者の名前を、実際に公表し始めました。
それほど多くないものの、それでも「大企業なら何をしても許される」時代ではなくなったことの、はっきりした証拠です。下請法の運用でも、買いたたきへの勧告が出ています。
つまり、いまは「どうせ大企業には逆らえない」と縮こまる時期ではありません。協議を申し入れる側に、法律と国のデータがついている。積極的に値上げの要請を行う。そういう局面なのです。
ただし、私の他の記事をご覧いただければ、調達部門は複数社での購買を何よりも重要視していることが分かるでしょう。去年・今年は値上げを認めたとしても、自社の提供する価値を価格が超えたとき、大企業は徐々に去って行きます。
競合先がある中で、自社の価値を棚卸しして磨き、アピールし、価格を正当化する努力は継続して必要になります。
ブロックする方法がなくもないのですが、また別の記事で書こうと思います。
まとめ:明日から動くための3アクション
ここまでの話を、3つに絞ってまとめます。
- 調達は値上げを拒んでいるのではなく、社内で説明できない値上げを通せないだけです
- 通すコツは、上司に見せられる根拠(コストの明細と公的データ)を渡すことです
- 2026年の取適法と公取委と中企庁が、いま協議を切り出す売り手の中小企業の背中を押しています
そのうえで、明日からできることを3つ挙げます。まずは、自社のどの工程・どの費目のコストがいくら上がったかを、1枚の紙に書き出してみてください。次に、その上昇を裏づける公的データや国の指針を1つ添えてみましょう。そして、取引先に「一度コストの状況を共有させてください」と、協議の場を申し入れる準備を始めてみてください。
値上げ交渉は、根比べではありません。相手が頭の中で考えていることを提供できるかどうか。それだけで、結果は変わってくるはずです。
あなたの交渉相手は、どんな交渉術を学んでいるのか
あなたが向き合っている大企業の調達は、価格交渉を体系的に学んでいます。相手が何を学び、どんな手順で価格に臨むかを知ることは、そのまま売り手側の備えになります。「調達歴20年現役バイヤーが教える!明日から使える 資材調達コスト削減交渉術」では、調達側が価格交渉でどう動くかを実践演習で解説しています。買い手の手の内を知りたい方は、のぞいてみてください。
