TOTOの受注停止、BASFの30%値上げ、シンナー75%値上げ——ここ数週間で飛び込んできたニュースに、胃がキリキリしている方は多いのではないでしょうか。
私もバイヤー歴20年超ですが、正直な話、今回の危機は過去のどの局面より影響の広がりが速く、そして深い。「次はうちの番かもしれない」という不安は、おそらく正しい直感です。
ただ、ここで1つ問いたいことがあります。今回の供給不足、「中東の原油が止まった」という話だと思っていませんか? 実はもっと厄介な構造が裏にあります。イラン→中国→日本という、2段階の波及ルートです。
こんな方におすすめ
・値上げ通知や供給不安がすでに届いていて、どこまで広がるのか見通したい方
・イラン危機のニュースは追っているが、「中国経由の波及」がピンとこない方
・他の原料にもどう波及するか、全体像を把握したい方
そもそも何が起きたのか——イラン石化85%壊滅の衝撃
2026年2月末に始まった米国・イスラエルによるイラン攻撃は、4月に入って石油化学施設にまで拡大。4月4日のマハシャフル、4月6日のアサルイエ(南パルス)への空爆により、イランの石油化学輸出能力の85%以上が機能停止に追い込まれました(2026年4月)。
イランのメタノール年間生産能力は約1,716万トン。中国に次ぐ世界第2位の規模で、2025年の実績では約970万トンを生産。輸出の90%がアサルイエ港という1つの港に集中していた脆弱性が、一撃で世界の供給網に穴を開けることになりました。
ホルムズ海峡は世界の石油輸送の約20%が通過する要衝で、すでに21件の商船攻撃が報告されています。ダラス連邦準備銀行の試算では、封鎖が長期化すれば、世界GDP成長率が2.9ポイント低下する可能性があるとのこと(2026年3月)。
ただ——ここがポイントなんですが——今回の問題の本質は原油価格の上昇だけではありません。石油化学の”中間原料”、とりわけメタノールの供給が消えたことです。そしてその影響は、中国という巨大な中継点を通じて、日本に届きます。
「エネルギー大国」中国がメタノールを輸入していた理由——2段階波及のメカニズム
中国って世界最大のメタノール生産国じゃないですか?
なんで輸入に頼ってるんですか?
作ってる量も世界一だけど、使う量がもっと多いんだよ
結論から言うと、今回の危機の核心は「イラン→中国→日本」という2段階の波及構造にあります。そしてその構造を理解するには、中国のメタノール事情を知る必要がある。
中国は石炭からメタノールを作れる。だが、それでも足りない。
中国のエネルギー自給率は約85%。石炭が総エネルギー消費の51.4%を占め、2024年には再生可能エネルギーが石油を抜いて第2位になりました。電力や暖房では、中国はかなりの自立を達成している。
メタノールも同様で、中国は世界最大の生産国です。国内の生産能力は年間約1億1,600万トン——世界全体の60%以上を占めます。主に安価な国内石炭を原料とする「石炭化学(CTO/MTO)」路線で、メタノールからオレフィン(プラスチック原料)を大量生産する国家戦略を推進してきました。
ところが、ここに落とし穴がある。
中国の国内メタノール需要は生産をはるかに上回っていて、供給の約15%を輸入に頼っています。石炭ベースの設備稼働率は約76.5%(CCFGroup, 2026年3月)で、急な増産余地は限られている。そしてその輸入の60%がイラン産でした。2025年の実績で、イランからの輸入量は約873万トン(SCMP, 2026年3月)。
なぜ石炭からメタノールを作れる中国が、わざわざイランから輸入していたのか?答えはコスト。イランは世界第2位の天然ガス埋蔵量(33〜34兆立方メートル)を持ち、天然ガスベースのメタノールは石炭ベースよりも生産コストが圧倒的に安い。中国のメタノール消費のうち、MTO(メタノール・トゥ・オレフィン)向けの大量需要を満たすには、イラン産の安価なメタノールが不可欠だったわけです。
その供給が一気に途絶した。中国のメタノール輸入は44.5%急減し、国内価格は3月だけで28.75%急騰しました(2026年3月)。
でもうちの接着剤、中国から買ってないですよ?
原料を辿ってみて。接着剤→ホルムアルデヒド→メタノール。中国石化経由でイランに辿り着くから
ここからが第2段階。中国国内でメタノールが不足すると、派生品のホルムアルデヒドや酢酸の生産が落ちる。その結果、接着剤・塗料・有機溶剤の中間品が不足し、日本への供給と価格に直撃するという流れです。
やっぱり厄介なのが、ブルウィップ効果。上流のわずかな変動が川下に行くほど増幅される現象で、実際にメタノールの上昇率28.75%に対して、末端のシンナーは75%値上げ。上流で3割上がると末端では倍以上——この増幅構造を知っておかないと、値上げ通知の金額に面食らうことになるでしょう。
メタノールや派生品のホルムアルデヒド・酢酸についても、代替ルートは限られています。トリニダード・トバゴやマレーシアにメタノール生産拠点はあるものの、主な出荷先は北米・南米・欧州で、アジア向けの余力は乏しい。三菱ガス化学はすでに国内取引先とメタノールの値上げ交渉に入っています(2026年3月)。イラン産が消えた穴を短期間で埋められる供給源は、実際のところ世界のどこにも見当たらない。
メタノールだけじゃない——見落とされている高騰原料
メタノールに注目しましたが、実際のところ高騰はそれだけにとどまりません。見落としが怖いのは、ニュースであまり取り上げられない品目のほう。
| 原料 | 高騰率 | 主な中間品 | 影響を受ける最終製品 |
|---|---|---|---|
| メタノール | 46%↑ | ホルムアルデヒド、酢酸 | 接着剤、塗料、有機溶剤 |
| 硫黄 | 73%↑ | 硫酸、加硫剤 | ゴム製品、農薬、肥料、塗料(白色顔料) |
| プロピレン | 67%↑ | PP樹脂、アクリル酸 | 塗料、接着剤、包装材 |
| エチレン | 57%↑ | PE樹脂、酸化エチレン | 包装材、界面活性剤 |
たとえば硫黄。73%という急騰は、硫酸→酸化チタン→塗料の白色顔料という経路で塗料メーカーを直撃しています。LANXESSは硫黄系製品に40%の値上げを発表済み(2026年3月)。信越化学もPVCの値上げに動き、住友化学アジアはMMA(アクリル樹脂原料)のフォースマジュール宣言を出しました。
「自社の調達品目がこの表のどこに該当するか?」——結構な数の調達担当者が、自社製品の2層上の原料構成を把握できていません。とはいえ、今回のように複数の原料が同時に高騰する局面では、把握していなかった原料から不意打ちを食らう。それが一番怖いパターンだと思います。
国内ではすでに何が起きているか
「いつか影響が来る」ではなく、もう来ています。
TOTOは4月13日、有機溶剤の調達困難を理由にユニットバスの受注停止を発表。株価は一時8.8%下落しました。BASFは洗浄剤・工業用塗料・樹脂向けに即時30%値上げ。日本ペイントHDは建築用シンナーに75%の値上げを適用しています。
96.6%の企業が「マイナス影響がある」と回答。22.8%が「3か月未満で事業継続が困難になる」、43.8%が半年以内の事業縮小を視野に入れています。
実際のところ、私がこの20年で経験した中東起因の供給逼迫の中で、今回は異質です。メタノール・硫黄・プロピレン・エチレンという複数の原料が同時に供給途絶している。影響範囲が桁違いに広い。
「でも大手の話でしょ?」と思った方——逆です。大企業ですら止まっているのだから、調達力で劣る中小はもっと脆い。
いつまで続くのか——3つのシナリオ
不確実な状況で「いつ終わる」とは言えません。ただ、判断の手がかりにはなるシナリオを3つ示します。
楽観: Q2中(6月頃)にホルムズ海峡が一部再開。3か月以内に価格が±20%に回帰。
基本: 年末まで影響継続。国内化学品価格30〜50%上昇が構造化。中国の代替調達も不十分。
悲観: 紛争がバブ・アル・マンデブ海峡にまで拡大。WTI98ドル超。フォースマジュール連鎖で国内生産ライン停止が相次ぐ。
参考までに、2019年9月のサウジアラムコ攻撃時は原油が約2週間で回復。1990年の湾岸戦争では石化製品の安定に約6か月。今回はイラン石化施設そのものが85%壊滅しており、設備復旧に数年を要する可能性がある。楽観シナリオでも数か月の影響は避けられないでしょう。
個人的には、基本シナリオをベースに動くのが合理的だと考えています。基本前提で準備すれば、楽観に転んだ場合は余裕が生まれる。
最低限の初動——押さえるべきポイント
で、結局何から手をつければ?
まず、自分が何を買ってるか辿ること。それが見えないと動きようがない
今回の危機で取れるアクションは、正直なところ限られています。原料そのものが世界規模で不足しているので、「代替サプライヤーを探す」と言っても相手にも在庫がない、というケースが多発しているのが実態です。
それでも、最低限やっておくべきことはあります。
1. 原料ツリーの確認: 自社の主要品目から逆算して、中東・中国に遡る原料を特定する。把握できていない依存があるなら、そこが最大のリスク
2. 主要サプライヤーとの情報共有: 在庫状況、見積有効期限、次回入荷予定の3点を今週中に確認。情報を持っているだけで判断スピードが変わる
3. 代替不可品目の経営層への上申: 代替が効かない品目はBCP品目として共有し、戦略在庫や予算措置の判断を仰ぐ
原料ツリーの作成テンプレートと代替品評価シートは近日公開予定です。値上げ交渉の反論フレームと併せてお届けします。
まとめ——この危機の構造を理解しているかどうかが分かれ目
今回の記事で伝えたかったことを3つに絞ります。
1. 今回の供給危機は「原油高騰」だけではなく「原材料の途絶」が本質。
イラン→中国→日本という2段階の波及構造が、塗料・接着剤・溶剤を直撃している
2. 中国はエネルギー自給率85%の大国だが、メタノールの輸入は60%をイランに依存していた。
その構造的な弱点が、一気に露呈した
3. メタノールだけでなく硫黄73%・プロピレン67%・エチレン57%と複数原料が同時高騰。
影響範囲は過去の中東危機より格段に広い
TOTOやBASFのような大手ですら影響を受けている。この構造を理解して、先に動いた企業と、値上げ通知が届いてから慌てた企業とでは、半年後の状況が大きく変わるはずです。
イランで起きたことは、2〜4週間後にあなたの発注書に書かれた価格として現れます。
